2005年03月05日

「軍艦島実測調査資料集」

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阿久井先生の言葉に感激しました
「軍艦島実測調査資料集」復刻版(2005年2月)の最後のページに
下記のように記載されている。
一部抜粋をお許し下さい。(全文は資料集で見てください)
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復刻【追補版】に寄せて   阿久井喜孝
オンデマンド版発行後2,3年の間に大きく変化があったのは、端島の所有権が三菱マテリアル株式会社の手を離れて高島町に無償譲渡され、さらに市町村合併によって長崎市に編入されたことである。高島町は、閉山後の人口が1万人から数百人にまで激減し、町の財政では端島の補修はおろか記録を後世に保存する施設の管理運営すら困難な状況である。長崎市は日本でも有数の観光文化都市であり、歴史資料、特に文明開化の近代史遺構の宝庫でもある。軍艦島の記録保存やその公開展示などについても、今後に期待される可能性が少なからずある。最近では、長崎を訪れる修学旅行生を主な対象として、端島を一周する定期的見学クルーズも稼動し始めていると聞く。これまでも端島の廃墟を背景にしたドラマやロケハンはしばしば耳していたが、中にはオカルト的なキワモノもあった中で真面目な企画や報道、記録写真集の刊行など、熱心に続けている個人や組織活動も少なからずある。
 そんな中で、閉山当時高校生だった旧島民の坂本道徳氏を中心とするNPO「軍艦島を世界遺産にする会」のインターネットによる自主的な活動が注目されている(事務局のURLはhttp://www.doutoku.com)。
 一見飛躍した発想のようであるが、すでにドイツでは炭坑遺跡が社会歴史教育の場として世界文化遺産に指定され、啓蒙に大きく役立っているという実例もある。日本の近代化過程における功罪や試行錯誤の生きた証人として、また未来予測のための稀有な歴史遺産として、ある時代の断面を凝縮した野外博物館という意味でも、この活動は決して唐突なものとは思われない。もちろん、長崎市内にも、常設資料館ができて欲しいものである。因みに、2001年以来、愛知県犬山市にある「博物館明治村」の幕末・明治の長崎外人居留地の洋館の一室に、私達が制作した1/200の全体模型や複数の写真パネルが保存、常設されていることもここで紹介しておこう。
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阿久井先生に4年ほど前から「模型」ことでご相談したり、こういった保存活動についての
ご意見を伺ったりしてさまざまなアドバイスも受けてきた。
この実測資料集の復刻で新たな軍艦島(端島)の視点が変わってくれることを祈りたい。

最後の先生の言葉の
<語り部の 榾火絶やすな 冬の宿>

身が引き締まる思いで今後の活動の糧にしたいと思った。
posted by dyg at 16:41| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 速報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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