2005年02月19日

苦悩

今までやってきたことに対する「否定」の言葉があることがある。
軍艦島(端島)の保存に関してである。
私の中では整理されていた活動のモチベーションが時々切れるときがあった。
それは「端島(軍艦島)」をそっとしていてほしいという言葉だ。・・・・
活動の当初から相談に行った長老からも出てきた言葉である。
端島出身の人たちに共通する言葉だ。
私がやっていることは間違いなのかと迷いを持った時期もあった。
しかし、この島の歴史や、文化的な遺産や、日本の近代化を支えてきたその歴史を
その言葉は消し去るための都合のいい「叙情的」な言葉でしかないことにこのごろ
気づき始めた。いかにも日本的な言葉である。
この島の歴史は住んでいた人々の歴史を超えるものがある。
住んでいたときには当たり前として生きてきた町が、今の日本の社会に不可欠なものを
形成していたことを気づいていない。
この島を研究、考察することによって
今の社会に呼び戻せる人間の「コミュニケーション」の奥深さを
発見できるのである。
叙情的にこの島を「そっと」しておいているよりも
この島での人間のつながり、「住む」という確認
時代においては「強制連行」の負の時代
大正、昭和のよき時代の変遷が残っている、この痕跡を
自分の感情のままに「そっと」では
われわれは後世に何も残せない・・・・
すべてのことを正直に語り接ぐ事こそ
われわれの使命ではないのかと思うのである。
あなたの生きてきた人生を「語り継ぐのは」誰なのか?
苦悩の中で私は
この島をハード的にも、ソフト的にも
保存の方向で選択したのだ。
それをわかってもらおうとは思わない・・・それに反対する人たちに・・
私は・・私の・・信念の人生を後世に伝えるために
生きて生きたいのだ。。。。。。
苦悩は・・・私が生きている間は続くだろう
しかし・・・間違っていないと私は自分の人生に誇りを持っている。

posted by dyg at 22:52| 長崎 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
blogへのコメントありがとうございます。dygさんのblogも読ませていただきました。
私は、端島の知識はほとんどありません。ですから、島の保存に関しては、どうすることがよいかなど語ることはできません。けれど、私のblogにも書いたとおり、人の歴史を刻み込んだような雑賀雄二さんの写真を見て、とても素敵だなと思いました。端島に関してはいろいろな意見を持つ方がいらっしゃると思いますが、私たちのような世代にも、もっと若い世代にも、その姿を伝えていただきたいと思います。
Posted by サト at 2005年02月23日 21:19
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